今朝新聞を見ていると「小学生が教師に暴力をふるう」 という記事が載っていました.
私の最近の子供の教育に対して考えていることは, ・少子化で,子どもを甘やかしすぎではないか ということです.
家庭でも,学校でも,塾でも子どもを王子様やお姫様 のように扱っていて,「子どもが楽しいように」「子どもの興味があるように」 「子どもが喜ぶように」という雰囲気が目に付きます. 子どももそれを知っていてそういう扱いをしてもらって当たり前と考える ようになっているのです.
小学生が教師に暴力をふるう大きな原因のひとつに 子どもの権利履き違えがあるのではないかと思っています. そのため先生が子どもを叱れないのです.
私たちの子どもの頃は,学校の先生は大声で子どもを怒鳴ったり, 叩いたりして叱っていました.子どもも親もそれを受け入れていました.
子どもは発展途上にあり,世の中の分別など分かっているはずはありません. (だから「子ども」なのです.そして「教育」しなければならないのです) そこで,叩かれたり,怒鳴られたりすることである程度強制的に 悪いことややってはいけないこと学習するのではないでしょうか.
私も毎日,先生には叩かれていました.しかし,これは体罰とは違い と思います.体罰は怪我をするような,そして,意味のない暴力をさしていて, 叱るため,教育するために叩くこととは違うと思うのです.
当然,叩かれたり,怒鳴られたりしたときは私も自覚がなく 反発する気持ちもありました.しかし,先生が怖いから 悪いことはしないようにしてきたのです.それが,習慣となり 悪いことをしないのが当たり前となり,今日に至るのです. そして,大人になった今,リスクを犯しても叩いてくれていた 先生に感謝しています.
もちろん,先生も人間なので,少しの間違いもあります. 叩かれるほどの悪いことをしていないのに叩かれることも ありました.しかし,このような理不尽なことは, 大人になり,世の中に出るといっぱいあるのです. そして,理不尽なことも我慢する集団生活を 学校で経験しているのです.
また,悪いことをして,叩かれたり,少し理不尽なことがあっても 次の日になれば,皆がケロッとして許してくれるのが 学校であり,教育ではないのでしょうか.
このままでは,「叱る」という「羽をもがれた教師には」どうすることも できなくて,そうなると警察による補導まで発展していると 記事には書かれていました.
大変残念に思います.
私の考えるよい学校は 教師が堂々と子どもを叱り,時には怒鳴り,時には叩く(決して体罰ではありません). そして,子どもたちは誤ったことをしても,先生に叱られたら,それを引きずらず, 次の日は明るく登校する.我慢することを勉強しながら 叱られる,叩かれるけれど外の世界からは先生が守ってくれる. 保護者も先生の味方をする.
と勝手に思っています.
高校野球がいい例ではないでしょうか. きっと現場では,だらだら練習していたら少しぐらい鉄拳制裁があると 私は勝手に思っています.しかし,子どもたちも先生がそうするのは 自分たちのためだと理解している.厳しい練習に我慢して耐えて,努力することで 結果が出る.そして,あの涙ではないでしょうか.さらにこういった部活動の成功体験が 他のことでも「辛抱して頑張ろう」「努力しよう」と思うようになり,また,良い結果を出す という良い循環になると思います.
あ〜今日は真面目に勝手なことを書いてしまいました. ということで仕事と勉強をしなければ・・・
私も忍耐と努力を忘れないようにします.
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